2019春季総合特集 トップインタビュー
 

三井物産アイ・ファッション

三井物産アイ・ファッションは事業領域を広げながら、新たなビジネスモデルを模索する。「デジタル技術などを駆使し、無理や無駄を排除していかないと、業界は生き残れない」と白崎道雄社長。サプライチェーン全体で最適化が必要と言う。トレーディングから事業投資活動を強める商社の動き。既存の事業をしっかりと行うとともに、次の事業の準備も進める。

共同の新事業構築を

社長 白崎 道雄 氏

-平成時代とは。

商社としてモノ+マーケティングが価値創造につながると模索した30年でした。ファッション産業が大資本化して、より大きな資本を保有し、人材の集まるところにパワーシフトしています。薬などは特許に守られていますが、衣料はあっという間に模範される。商社もどういう位置で役割を発揮すべきか。右肩上がりの時代は資金需要が旺盛でしたので、金融を支えた面があります。その後、バブルが崩壊。市場は滑空気味の推移です。昭和の頃は人も集まり、資産の蓄積もできましたが、厳しい時代です。

-現在の経済環境をどう見ますか。

グローバル経済の減速懸念があります。内需の底上げにも腐心しています。世界的にお金は余っていますが、投資資金のうねりがどこに向かうのか、見通せません。市場には体感としての景気浮上感がありません。

-内憂外患です。

日本はサバイバルの感覚です。横にらみの中で、企業は大きく重心を動かさない。平成生まれの世代にも右肩上がりの発想はなく、消費に対する意欲が低いですね。

-米中貿易摩擦の影響は。

われわれも輸出しています。時間がいずれ解決するとは思いますが、扱う商品が一時的に高関税をかけられる懸念もあります。米中の覇権争いは始まったばかりです。英国のEU(欧州連合)離脱問題もある。EUはある意味、理念で集まった崇高なプロジェクトですが、実際のチャレンジとしては難しい。それでもここまでやるだけでもすごいと思います。今、世界が内向き志向の中で、大変でしょう。

-令和時代の課題は。

テクノロジー、マーケティング、コミュニケーションを駆使し、無理、無駄を排除していかないと、業界は生き残れません。適正利益を確保できない。その見直しが必要です。テクノロジーが進んだことで、モノを大量に生産した時代から、オーダーメードに近い形になっていくのではないでしょうか。

-サプライチェーン全体で最適化が必要になっています。

4月から流通事業本部に入りました。食料品は需要予測でも人工知能(AI)的なものが進んでいます。量の調整や無駄なものは作らないといったことは、加速していきます。物を納めることによる収益もありますが、共同事業をやる中で収益を上げる。商社もトレーディングより事業投資活動に入っています。事業体として収益を上げることで、顧客もわれわれもリスクに見合ったリターンを得られる仕組みを作っていくことです。

-これからの事業とは。

消費者ニーズのある業態を一緒に生み出し、そこに人と金を持ち出す。モノ作りはその一環であり、全てではないでしょう。起点はやはり消費者になってくる。今年度(2020年3月期)は中期経営計画の最終年度です。コツコツの部分は手堅いので、物流拡大のための投資活動を準備し、来年度からの柱にしていきたい。これまでの延長ではなく、いろんなことを事業化していきます。

-18年度(19年3月期)は。

OEMは堅調でした。結果として、魚のいるところで釣りをしました。原料は為替が比較的安定し、堅調です。テキスタイルは「パーテックス」がダウンプルーフ中心に健闘しました。原料やテキスタイルの輸出部隊に、若手や中堅層を増やしました。グローバルにパーテックスを販売していくためです。ブランドマーケティングは、カナダのダウンジャケット「クォーツ」など堅調で、予想以上に伸びています。

ニュージーランドウールの「アニュアル」を本格展開しました。高品質でありながら適正価格を保ち、トレーサビリティー(追跡可能性)を持つニュージーランドウールは、糸売りではなく、セーターとして、卸売りします。アパレル業をやるわけではありません。社員の目線を変える意味もあります。

-今年度は。

中計3年目として定量目標を達成する。同時に定性面での課題に取り組み、次の3年の土壌を作ります。定性面では物流の仕組みを一つでも多く持つことです。信頼関係の中で、一つのプロジェクトとしてやっていく。ここに来てアパレルにも中国、アジアにもう一度という動きがあり、対応していきます。三井繊維物資貿易<中国>は堅調。OEMの業務委託だけでなく、中国での原料売りや内販もあり一体化しています。

平成の思い出『結婚生活』

「1988年に27歳で結婚した。結婚生活が全て平成だった」と白崎さん。奥様は北海道の同郷。中学校の同級生で、小学校も同じだった。実家は歩いて10分と近い。だから、気取ることもないし、食べ物も好みも同じである。商社マンとして海外駐在など8回引っ越したが、単身赴任したことはないと言う。「10年、20年という単身の方もいる。海外駐在生活しても、幸せな方だった」。「次の元号に変わったとしてもそれで、結婚生活が終わるわけではない。これからもよろしく」と。

2019年4月22日(月) 繊維ニュース12面

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